「なぁ。この子、俺が貰ってもえぇ?」
するりと口から出た言葉に、内心驚いた。
けれど、何となく今この子を放ってはいけない気がしたのだ。
「…はぁ?!」
「ちょっと、トーニョ!何言って…。」
慌てる悪友を他所に、俺は再度店主に問うた。
「聞こえへんかった?あの子が欲しい。…いくらや?」
「え、いや…あの子供はまだ売り物では…。」
そういうだろうなとは思っていたので、懐から小切手を出してさらさらと金額を書くと
驚愕している店主の手のひらにぽんと置いた。
「…これで足りる?」
ちらちらとこちらの顔を見ながら小切手に書かれた金額を確認して
更に驚く店主ににっこりと笑いかけた。
「足りへん?」
一とゼロを七つ書いたが、駄目だろうか。
こういった場所で子供を身請けしたことがないから、相場が分からない。
しかし店主は『十分でございます!どうぞお持ち帰りください!』と目を輝かせていった。
文字通り、現金な男である。
ほんなら、と子供に向き直る。子供は一瞬ビクリと身体を震わせた。
怖がらせてしまっただろうか。安心させるように笑みを浮かべる。
「おい、いいのかよ、アントーニョ」
「えぇねん」
そう言って、今だ状況が飲み込めていないだろう子供の傍に膝を折った。
一歩後ずさる子供に、安心しぃ、と笑いかけた。
作った笑顔ではなく、心から笑ったのは何年ぶりだろうか…――――――――?
「俺な、アントーニョ言うねん。お前の名前は?」
出来るだけ優しく、怯えさせないようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
ぱちぱちと瞬きしながら、どうするべきか迷っているような少年に、声をかける。
「大丈夫、傷つけたりせぇへんよ」
言いながらそっと手を差し出した。少年はその手と俺を交互に見て
どうするべきか迷っているようだった。
「一緒に帰ろ?」
少年が自分から俺の手を取るのを根気良く待って、
おずおずと伸ばされる小さな手をしっかりと掴んだ。
そして小さなその身体をひょいと抱き上げた。
「ほな、そういうことやから、二人は楽しんできぃや」
まるで憑き物が落ちたように明るく笑って背を向けたアントーニョは、
しっかりと腕に少年を抱いてその場を後にした。
*
エーデルシュタインの屋敷の離れに戻ると、まず少年を風呂に入れてやった。
思ったとおり、少年の身体には服に隠れて見えない所にも
生傷や痣がいくつもあり、眉を顰めた。
湯から上がったあと、メイドに持ってきてもらった救急箱から傷の手当をして
新しい服を着せてやった。
ただ、急だったので俺の小さい頃着ていた服は見つからず、
メイドの中の一人が持っていた女児用のエプロンドレスだったが。
流石にどうかと思い、明日直ぐにでも仕立て屋に来てもらうから
今日だけ我慢してくれるかと言えば、あまりに必死に頼んだせいか、
少年はコクリと小さく頷いてそれに着替えてくれた。
身体を綺麗にして髪も整えてやると、あの店主が『少し見目がいいから』などと
言っていたのに、なるほどと内心頷いてしまった。
頬の不恰好なカーゼや腕や足に撒いた包帯などがなければ、
どこかの貴族の小さなお嬢様だ。
「かわえぇ」
するりと口をついて出た言葉と共に頬を緩めて笑うと、少年はきょとんとした目をした。
その様子に更に小さく笑い、ぽんぽんと頭を撫でた。