もう日付が変わる頃、漸く仕事が片付いてクタクタになって帰宅する。
(ロヴィーノはもう寝とるやろなぁ…)
そう思いつつこんな時間まで待っててくれたメイドに、礼を言って寝室に向かい、
音を立てないようにそっとドアを開ける…が。
「あれ?」
ベッドのシーツはピシリと綺麗なまま、そこには誰もいなかった。
おかしいなと首を捻り、はたと気付く。
(…まさか)
「また、リビングとかで寝てしもたんやろか…あかんって言うたのになぁ」
しゃーないなぁ~などと言いつつ、顔は緩みっぱなしである。
しかし残念なことに、それを指摘する人は誰もいない。
起こさないように音を立てないようにするのも忘れてリビングのドアを開け放った。
「ロヴィーノ~~~~って、居らんし…」
おかしい。…あとロヴィーノが気に入っている場所はと考えかけて気がついた。
ロヴィーノが勉強するために使っている、以前は俺の書斎だった所。
ロヴィーノはよくそこで本を読んでいるから、きっとそこだろうと見当をつけ、
書斎のドアを開けた。
「ロヴィーノ…書斎で寝るのも禁止やで~…」
案の定、本棚を背に膝の上には開いたままの本を乗せたまま、
ロヴィーノは寝てしまっていた。
しかし…――――。
(う、うわあああああああああああ)
俺は心の中で叫び声を上げた。
(なんでシャツしか着てへんねん…!)
良く見ると自分のシャツであることに気付き、俗に言う『彼シャツ』姿のロヴィーノに悶えた。
可愛いなぁと微笑ましく見られない。
今すぐひん剥いてしまいたくなる欲望を必死で押さえつけた。
せめてボタンを上まで止めてくれ。それかちゃんと服を着てください!お願いしますと
心の中で叫びながら、無防備すぎるロヴィーノの寝姿にこれは俺への挑戦なのか、
それとも誘っているのか、と問いかけたくなった。
(落ち着け、俺!)
膝の上の本にしおりを挟み、とりあえず机の上に置くと
微かに震える手でロヴィーノをゆっくりと抱き上げる。
数年前より随分重くなったと思う…が、まだその年にしては軽い気がした。
きちんと食べているはずなのに。こんなに軽かったら…
ちゃんと掴まえていないと、どこかにふっと消えてまいそうで怖くなった。
「…なんて、な。」
ありえない。ロヴィーノはここに居るじゃないか。ちゃんと、ここに…。
「…ん…」
(ヤバ。起こしてもうた?)
一瞬ドキリとしたが、どうやら大丈夫だったようでまた寝息を立て始めたロヴィーノに
ほっと息を吐いた。そのまま寝室まで運び、そっとベッドの上に降ろすと、
再びムラムラと押さえつけていた感情が頭を支配する。
(マジでもう俺…あかん…っ!)
あどけない寝顔、薄く開いた唇、肌蹴たシャツの胸元や柔らかそうな太股に目が行き、
あの夢の中で色っぽく自分を誘うロヴィーノの声がフラッシュバックして
襲い掛かりそうになる自分を理性で必死に押さえ込んだ。
「勘弁してぇや…ロヴィーノ…。」
そうは言ってもロヴィーノはそんなこと露とも知らないというのに。
責任転嫁は良くないと思うがそれにしたってこれは無防備すぎるだろう。
いくら自分を信頼してくれているとはいっても、
これはきちんと言って聞かせないとダメかなと考えながら風呂に入って着替えようと
ベッドから離れようとしたのだが。
「…ん…―――トーニョ…?」
「うわっ!?」
薄らと開いた瞳に驚いて思わず声を上げた。
ぼんやりとしたオリーブ色の目が俺を据えドキリとした。
ロヴィーノはもそもそと起き出すと、細い腕を伸ばして俺の首に回してきた。
「遅いぞ…このやろー…。」
(う。うわあああああああああああああああ)
ぎゅっと抱きついて寝惚けた頼りない声に、焦り出す。
やったー俺得有難うございました!なんてふざけている場合ではない。
一刻も早くこの状況から逃れなければ。それだけが頭を占めていた。
(いろいろヤバいってぇえええ!)
「ろ、ロヴィー…起こしてもうた?ごめんなー?
そういう訳で、俺風呂入るから離したってー…」
「…キスは?」
「はいぃ!?」
「ただいま、のキス。いつもしてたじゃねぇか…。」
「あ、あぁ…せやったなぁ…でも、もうロヴィーノ寝るやろ?」
「…じゃあおやすみ、のキスか?」
「ぅえっ!?」
駄目だ。ロヴィーノは完全に寝ぼけている。あぁかわええ…じゃなくて!
こんなふうに抱きつかれたら、俺の理性が家出しそうになるじゃないか。
しかもキスのおねだり?もうかわえぇんやから~ってデレてる場合でもなくて。
いつもはそんなこと自分から言わないくせに、今日は一体どうしたというのだ。
「あぁああのなぁ、ロヴィー…寝ぼけとるやろ?
もうほんま…うんっ寝たほうがえぇわ。ほな、おやすみ!」
身体を離そうと、ロヴィーノの腕に触れると
ロヴィーノはあろうことか、自分からアントーニョの頬にキスをした。
ふにゃっと触れた暖かな柔らかい唇の感触に顔が一気に熱くなった。
「ちょっ、ロヴィー…っ!」
「『キス、したって』」
「…え?」
「…て…アントーニョが言ったんぞ?」
朝起きたら、おはようのキス。
出掛ける時は、行ってきますといってらっしゃいのキス。
帰って来たら、ただいまとおかえりのキス。
そして眠る前に、おやすみのキス。
『ロヴィーノ、キスしたって~』そう確かに教えたのは俺だ。
いや~GJ、俺。流石、俺。楽園は、ここにあった…!
(…って。ちゃうやろ!)
現実逃避し始めた俺自身に突っ込みを入れ、そう確かに教えたけれど、今は。
ロヴィーノは俺には触れてはいけない。
押さえ込んだ劣情が爆発してロヴィーノを傷つけてしまうかも知れないからだ。
「おやすみ、なんだ…ぞ…このやろ…ー。」
滅多に見られないふにゃっとした笑顔で言うと、ころりと寝転がって
そのまま眠りについたロヴィーノはアントーニョの葛藤など知る由も無かった。、
(やっぱり、せめて寝室だけでも別にしよう…そうしよう)
きっとそのほうがロヴィーノのためにもいいだろうと、密かにそう決意をした。