太陽の光さえ届かない部屋に閉じ込められて何日経つだろう。
日付の感覚どころか時間の感覚も分からないところで一人。
愛想もない、可愛げのない子供と吐き捨てられた子供…ロヴィーノは虚ろな瞳で真白い壁を見続けていた。
誰からも必要とされずにあちこちに身柄を移され、最終的に娼館へと売り飛ばされた。
掃除をしろと仕事をさせられるが、掃除などしたこともなく、
不器用だから物を壊したりすることの方が多かった。
そうして失敗すると、怒られる。殴られる。
…そんな毎日を送っていた。
何故自分はこんなところにいるのか、こんな痛い思いをしながらどうして生きているのか。
いっそ死んでしまった方が楽じゃないか。そんなふうに思っていたある日のことだった。
『一緒に帰ろ?』
あの時、差し伸べられた手を取ってから俺の世界はふわふわと暖かく優しいもので包まれたのだ。
あの娼館で俺を買った男の名は『アントーニョ・フェルナンデス・カリエド』…というらしい。
本人は『アントーニョでえぇよ』と、笑ったから、呼び捨てだ。
本来なら、『様』とか付けないといけないだろうに。…アントーニョは貴族らしいから。
アントーニョは変なヤツだ。
何にも出来ないし、可愛げもない、素直でもないガキを
『かわえぇ~!!むっちゃくぁええええ!!』とか訛りの混じった言葉で
褒め、頭をわしゃわしゃ撫でたり、
ぎゅうぎゅうと苦しいくらいに抱きしめてきたり
頬擦りしたり、キスをしたりとスキンシップが激しい。
貴族のくせに、まったく偉そうじゃないし。
俺を召使いじゃなくて、『家族』というし。
(ほんと…変な奴だ)
何で俺なんかに優しいんだろう。
そもそも、俺のことを『買った』のはどうしてだろう。
聞いてみると、アイツはこう言った。
「え~?…んー…そんなん、ロヴィーが可愛かったからや!
あぁ、俺のロヴィーノはめっちゃかわえぇなぁ~!」
…上手く誤魔化された気がしてならない。
だって、あの時の自分は相当酷い顔をしていたはず…で。
(頬を思い切り殴られていたし、服だってボロボロだった)
(おまけに、まともに食べてないし、寝てもいなかった)
どう考えても、『可愛い』とは言えないだろう。なのに。
なのに。…アイツは…俺のことを、宝物みたいに大事にするんだ。
あったかい手で、力強い腕で、優しく包み込むんだ。
ここは、怒声も罵声も飛んでくることも、暴力も、悲しみも痛みも感じることさえない。
優しい、世界。
だけど、俺はやっぱり臆病で、怖がりだから。
こんな幸せが続くはずがない、と。
いつか、アイツも俺のことを捨てるかもしれない、と。
それは、明日かもしれない、明後日かもしれない。…いや、ひょっとしたら――次の瞬間、には…。
…脳内を駆け巡るのは、過去の散々な記憶。
…―――――――怖くて涙が止まらなかった。
発作のようにわんわん泣きじゃくる俺を、
アイツはいつもぎゅっと抱きしめて優しく背を叩く。
そして『大丈夫だ』と繰り返し、俺に言い聞かせるのだ。
俺はそれを何度も聞かないと、安心できない。
確かめないと、不安だった。
だって、人の気持ちなんて、風が吹くだけで変わってしまうものだろ?
今思うと、鬱陶しい子どもだと思われても仕方ない。
だけど、アイツはそれでもいつも俺に『安心』をくれた。
変なヤツだけど、だけど…とても優しい。
俺は初めて、他人の手を暖かいと感じ、無償の愛情というヤツに、包まれた。
まだ、離さないで。
このままで。
…出来るなら、ずっと…――――――。