「ごめんな~、すぐ戻るからな!ほんま直ぐやからな!」
「うるせーっさっさと行け、このやろー!」
まだブツブツ言ってくるアントーニョの腹に、頭突きをお見舞いして
さっさと部屋から追い出してしまう。
パタンと閉じられた扉に、溜息をついた。
アントーニョは、朝から怒鳴り込んできた眼鏡の人が待つであろう部屋に向かったのだ。
(だから、別に…寂しくなんか、なんだからなっこのやろー)
毒吐いてみるが、虚しいだけだった。
着せられた服の襟元のリボンを弄びながら思う。
この服は昔、アントーニョが着ていたものらしい。
『仕立屋に頼んだ服が出来るまでは、これで我慢したってなー』って。
だけど、別にこれで構わないのに…と、思ったけど言わないでおいた。
アントーニョは、俺を着飾らせるのが好きなのだ。
女の子が着るようなひらひらした可愛いドレスをどこからか持ってきて俺に着せて
『やっぱり俺のロヴィーノはかわえぇわ~』なんて言いながら髪を梳かし、
リボンや花飾りをつけ、メイドさんたちと一緒になって楽しんでいる。
一体何が楽しいのか分からないが、アイツが楽しいならまぁいいかと好きにさせている。
アイツの笑った顔は……嫌いじゃない。
眩しくて暖かい、まるで太陽みたいでほっとする。
ベッドの端に座って靴を履いて降りると、傍らの姿見の前に立った。
鏡の中には当然だが俺が映ってる。
丁寧に髪を梳かされたおかげで髪はさらさら、
美味しいものをたくさん食べさせてもらっているので痩せていた身体も
肉がつき始めているし、顔色も良くなった気がする。仕立ての良さそうな服は、
アントーニョの昔着ていたものらしいが丁寧に仕舞われていたせいか、古臭さを感じない。
それどころか、どこかの貴族の子供に見える。…この、俺が。
ただ、不恰好な頬のガーゼを除けば、だが。
この頬だけでなく、服の下は包帯やらなにやらで、みっともない体だ。
…どんなに見た目だけは貴族に見えても、なれやしない。
…アントーニョの、『家族』…なんかに。
どんなに、願ったとしても、いつかは必ず別れがくる。
そんな予感がした。
けれど、それでも俺は……―――。
(ずっと、って願うんだ)
…――――――――――お前が望んでくれる間までは。
*
…何か、出来ることはないか。
アントーニョが戻ってくるまでの間に、出来ることは。
きょろきょろと部屋を見渡す。メイドのお姉さんたちの掃除が行き届いているために
埃一つ無い床、棚、窓もピカピカだ。
他にどこか汚れている場所はないか再び部屋を見渡し、
目に付いたのは自分がさっきまで寝ていたアントーニョのベッドだ。
シーツはよれよれ、布団もぐちゃぐちゃなままだった。
これだと思い、とりあえずこのでかいベッドのシーツを整えることにした。
身体はまだ、動くたびに傷が疼いたりするがなんてことはない。
そもそもアントーニョに会うまでは痛みを感じないようにしていたから、
傷が痛いということも忘れていたのだ。
(そうしないと、生きていることさえ痛みになっていたから)
もしもあのままアントーニョが俺を連れ出してくれなかったらと思うとぞっとした。
(それにしても、)
これは1人で寝るには大きすぎるだろ。一生懸命シーツを直しているつもりなのに、
自分の両腕を広げてみても四つ分くらいは軽くあるし、
大の大人が二人寝たとしてもまだ余裕がある。でも、ふかふかのベッドは心地いい。
そう、このベッドは寝心地が良いから良く眠れるんだよな。
「あ、やば…。」
目を閉じてしまえば…眠くなってしまうのだ。
これでは、だめだ。布団を直すのを諦めてベッドから離れる。
他に何かないかときょろきょろしながら歩いていて、足元を見ていなかった俺は、
出しっぱなしだった衣装籠に気付かず、躓いて転んでしまった。
「いってぇぇえ……ちくしょう!こんなとこに置いておくなってんだ!」
…おまけに、盛大に中身もぶちまけてしまった。
散らかすつもりではなかったのに、と慌てて中に入っていたものをかき集めて
出来るだけ丁寧に仕舞い直そうとするが、不器用故にあまり綺麗に畳めない。
これでは役に立つどころか、迷惑しかかけてない気がする。
(…畜生が!)
己の不器用さを呪っていると、ガチャっと扉が開きアントーニョが戻ってきた。
「ロヴィーノォォオオ!ひとりにしてごめんなぁ~~~~~~!」
「げっ!」
(ヤバイ。ヤバイ。ヤバイ!)
片付けるどころか、散らかったままの服や小物。
見つかったら流石に怒られると思って、身構えた。
「…あれ?何しとるん?ロヴィーノ…。」
「あ、う………これは、その、こ、転んで引っくり返しちまっただけで、
い、いまから直そうと……んぎゃっ!」
「何やて!?こ、こここ転んだぁああ!?ちょっ怪我は!?怪我はないか!?」
アントーニョは手に持っていた数冊の本をバサバサ落としたと思ったら
物凄い速さで近づいてきたかと思うと、抱き上げられた。
「痛いところないか!?大丈夫か!?」
「べっ別に平気だぞ、このやろー!離せー!」
そう言うと、俺を降ろしたものの、まだ心配そうに顔を覗き込んでくる。
アントーニョは心配性だ。それは嬉しいけれど、少し鬱陶しい時もある。
「ほんまに?ほんまに?我慢したらあかんよ!?」
「平気だって言ってんだろ、畜生が…。」
「ほんなら、えぇわ…。出しっぱなしやったんや。ごめんなー。」
へらりと笑って頭を撫でるアントーニョをきょとりと見返した。
「…―――――何で…。」
(何でお前が謝るんだ、このやろー)
「片付けようとしてくれたんやね。偉いなぁ。やっぱり俺のロヴィーノはえぇ子やね。」
「で、でも…全然、うまく…」
(…出来なかったぞ)
やっぱり俺は不器用だし、何の役にも立たない。
なぁ、何でお前はそんな俺を『いい子』と褒めるんだ。
これくらいのことも出来ないのか、と責められる方が妥当だ。
それなのに、アントーニョはそれでもいいんだと笑った。
「出来へんからって諦めるのは簡単や。けど、ロヴィーノはそれでも頑張ったんやろ?
失敗したってえぇんよ。また次頑張ったらえぇ。
それにな、ロヴィーノ。お前はこんなことせんでもえぇんよ?
こんなんメイドにやらしたらえぇし。」
「でも…!そ、それじゃあ…俺は…何したらいいんだよ、ちくしょう…。」
ぎゅっと服の裾を握り締めて俯いた。
そもそも、お前はどうして俺のことを買ったんだよ。
誤魔化さないで、ちゃんと教えてくれよ。何のためなんだよ。俺は、何をしたらいい…?
(俺はお前の役に立ちたいんだよ)
俯いて、唇を噛んでいると、その唇にアントーニョの指先が触れた。
「噛んだらあかんよ、ロヴィーノ。血が出るやろ」
「っんだよっそんなの俺の勝手…!」
「だーめ。…ロヴィーノは俺のやから。傷つけたあかんよ…?」
「…なんだよ、それ…。」
ぎゅっと抱きしめられて、額にキスをされた。
アントーニョは泣き出しそうな俺の瞳を覗き込んで笑った。
「ロヴィーノの仕事はなー、俺の傍にずっとおること!これでえぇやん!」
太陽みたいに眩しい笑顔で如何にも名案!みたいな顔で宣言するアントーニョに
呆れた視線を向けた。
「…ばかやろー、それは仕事じゃねぇ…」
「んー…それとなー…もうひとつ。ローデリヒからのお仕事やで」
「…?さっきの眼鏡のヤツか?」
「うん、そう。
『ここで暮らすならそれなりの知識と教養を身につけること!』やってー。
ほんなん必要ないやーんって言うたんやけどなー…。これで、えぇ?」
それは、つまり。俺に勉強しろってことか。
それも仕事ではない…とは思ったが、頷いておいた。
『ここで暮らす』のに、必要なことなんだろ?
アントーニョが先程落とした本を拾うのを手伝いながら言ってやった。
「…あの人怒らせると怖そうだから、やってやるぞ、このやろー…」
「あーせやね~。ほな、2人で頑張ろか!」
『ふたりで』が嬉しくて。何故か頬が熱くなった。
だけど、それに気付かれたくなくて、俯いてそれを隠した。