クリスタルの美しいシャンデリア、大理石の床の真っ赤な絨毯、煌びやかな広間で
着飾った紳士淑女の集う晩餐会の片隅で、透き通った黄金色のシャンパンが注がれた
グラスを手にふぅと物憂げな溜息をついたアントーニョを見つけたフランシスが声をかけた。
「よ、どうした?溜息なんかついて」
「…どーもこーもないわ」
隣に立つフランシスにちらと一瞬視線を寄越しただけで
また直ぐにグラスに視線を戻し、低く唸るような声音で吐き捨てた。
それにフランシスは気を悪くするでもなく、肩を竦ませただけで気にもせずに
アントーニョの不機嫌の理由を思って苦笑した。
今日の晩餐会は別段アントーニョが参加さずとも済むような
若い貴族たちの気楽な集まりであり、ならば不参加で構わないだろうと思っていた
アントーニョだったが、こういう何気ない集まりでの交流や情報交換も大事だからとロ
ーデリヒに諭され、仕方なく、本当に仕方なく参加したのだ。
本当なら今頃はロヴィーノと夕食を取り、風呂に入って共にベッドに横になりながら
なんでもないことを話し、そして眠につくという(アントーニョにとっての)至福の時間を
過ごす予定だったのに、とアントーニョは眉を寄せぶつぶつと文句を垂れている。
「それよりほら、さっきから女の子たちがちらちらこっち見てるよ。
お前ダンスにでも誘ってやれば?」
「そう思うんやったら自分が行けばえぇやん。俺は面倒くさいからパス」
「なにー?もう枯れちゃったの?」
「枯れてへんわ!…食指が働かんだけや」
「えー、あのコたち結構かわいいし、美人だよ?」
「でもロヴィーノの方がかわえーし、別嬪さんやもん…」
ちらと視線を動かして女の子たちを見るが、やはりロヴィーノの方が可愛いと
内心うんうんと頷き、流石俺のロヴィーノやな!と、何故か自分のことのように自
慢してやりたくなった。
成長して更に美人に磨きをかけたロヴィーノは可愛さも美しさも色っぽさも
そんじゃそこらの女の子たちにも負けていないし、
肌はすべすべで触り心地も最高にいいのだ、これが。
だから、やめろと言われても無駄にベタベタしてしまうのは仕方ないことだ。
声変わりを経て若干低くなった声も格好いいし、
あの声で名前を呼ばれるだけでさえも嬉しくて嬉しくて!
あぁ、俺のロヴィーノかわえー!
…脳内ロヴィーノ妄想にうっとり浸ってしまっているアントーニョに
呆れたフランシスは肩を竦ませた。
「やれやれ、お前の親馬鹿加減は相変わらず…っていうか、更に酷くなってない?
…そろそろロヴィーノだって親離れしなきゃだし、そこらへんのこと考えておかなくていいわけ?
まさか、ずっと箱入りにしておくわけにもいかないだろ」
その言葉にアントーニョは緩みきっていた顔を引き締めて手
元のグラスを睨みながら口を開いた。
「………俺はロヴィーノの親代わりのつもりあらへん」
「じゃあ、何?愛人にでもするつもり?」
「…まさか」
口元に笑みを浮かべ、グラスに残っていたシャンパンを飲み干し、
近くを通り過ぎるボーイに空のグラスを渡すと、赤いイブニングコートを翻して歩き出した。
「ちょっ、アントーニョ!まだ晩餐会終わってない…って、もう」
ヒラヒラと後ろ手に手を振って会場から出て行くアントーニョに溜息をついた。
「ほんと、どうするつもりなのかね、アイツは…」
ロヴィーノ大丈夫なのか。アイツまた一人で勝手に暴走しそうじゃない?
大事なことはちゃんと話し合わなきゃだめだぞ。
アイツ結構人の話聞かないところあるし…ロヴィーノはちゃんと考えてると思うけど…
アイツに絆されて流されてないだろうな?
やっぱりここはアントーニョに半殺しにされるの覚悟で
お兄さんが少し様子を見に行ったほうが――――――。
「……いいや、やっぱ」
アントーニョが一人で突っ走りそうなのはちょっと心配だけど、
あのお坊ちゃんもいるんだし、そうそう面倒なことにはならないだろう。
…そういえば、よく許したよな、ローデリヒも。
ロヴィーノの存在を知ったら直ぐにでも排除しようとするだろうに。
(やっぱり、あの子には何かあるんだろうな…―――)
アントーニョもそのことに関しては何も話さない。
それに、俺たちまで出入り禁止にして、ますます箱入りに拍車をかけてしまった。
それが逆に怪しいんだよな、とフランシスは思う。
(政治的な何かが絡んでいるのか…?)
政治と言えば、カリエド家の襲撃事件の真相も明らかになり、
裏で糸を引いていた反王政側の主要な人物が王に対する反逆者として次々と捕まり、
南方の飢饉に乗じて民を利用し、混乱させて矛先をカリエド家へと向けさせたことを
明らかにし、また、南方の現状を報告、直ぐに国からの支援を要請してきたアントーニョの両親
に対して、国が動くことでもないとして要請を却下していたこと。
それでも他地方の友人たちを頼り、領主として民のために動いていたカリエド夫妻に
それぞれ何かしらの支援をすることを約束して、動き出した矢先の事件だったこと。
もっと早く何かしらの支援を行っていればこんな事件はおきなかった、と
国が謝罪し、これからは何かあれば互いに協力していこうという
カリエド家現当主(アントーニョ)とエーデルシュタイン家の当主の共同声明を
載せた新聞が発行され、結局反王政側の株は大幅に下がり、逆
に王政側が勢いづく結果となった。
「こっちもまだ様子見、だな。あっちは言わずもがなだけど、
だからと言って、王政側もちょっと気に入らないし。まだまだ中立でいさせてもらうよ、俺は」
アントーニョが王政側についたと言っても、それだけだ。
友人としては付き合うけど、それとこれとは別問題だしね。
「いい方向に向かえばいいけどね、どっちも」
そっとフランシスは呟いた。
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政治うんぬん言ってますが、別にそっちはメインに書くつもりはないです。
あくまで西ロマがメインです。
そこらへんの内容はちょいちょい書いてもただの添え物程度です。
書いている人が馬鹿なので詳しく考えてるわけでもないので(笑)
ご都合主義で通させてもらいます。すいません。